ストレス社会の中での人との関わりを考える

みなさんこんにちはkazuです。

本日は人との関わりについて思うところがあったので投稿します。

最近では他人と関わることが昔に比べて減ったような気がしませんか?

・近所とのお付き合い

・職場での飲み会

・お店の人との接し方

色々な他人との関わり方があると思いますが、全てにおいて人と密に関わることが減少していますよね。

「私は一人で生きられるから近所付き合いしない」とか。

その反面、自分が気を許す相手に対してはどうかしているくらい一緒にいる印象を受けます。昔は様々なお付き合いがあって色んな繋がりを大切にしていたのに。なぜ今はしないのだろうか?

それはなぜかと考えたときに、人は他人と距離を置く事で自らを守っているのだと感じました。仲間だけでいる方が楽だから。しかしそれは決して若い世代、現代人が悪いわけではないと思います。

他人と関わることが少なからずストレスに繋がります。膨大な情報に脳を支配され、将来に不安を抱えながら、労働が繁忙を極めるストレス社会において、余計なストレスを排除したいと自然に身を守っているのではないでしょうか。

「忙しいからあの人の相手をする気分じゃない」とか

「仕事でもないのに飲み会に行って、気をつかってお金も使うなら行きたくない」などと

いう若い世代の人たちの気持ちを全て否定することは如何なものかと感じます。

私も「なんで若い奴らはみんなそうなんだろう」と思ったことは何度もあります。私が社会人になった頃は先輩の言うことには全てイエスで答えていました。飲み会も全て行きますし休みの日でも誘われれば出かけました。地元の消防団の勧誘を受けたときも二つ返事で承諾したとこを勧誘に来た方は驚いていました。会社の野球チームを2チーム掛け持ちし、午前2試合、ナイター1試合やって夜飲み会と言うハードスケジュールで熱が出てもノーは言わなかったです。

ノーを言わないことで逆にストレスが溜まらないと言うことだったかもしれませんが学の無い私はノーと言わない事で急速に成長できたと確信しています。しかし家族には甘えがありストレスをぶつけていました。本当に申し訳なく後悔しましたが、今は見守ってくれた家族に感謝を忘れず接するようになりました。

人間が処理できるストレス量は個人ごとに一定だと思います。どこかで抱えてどこかで放出する。若者が対人ストレスを避けているのは現代のストレス社会に耐えられるだけの経験値がない状態で入ってきた上に、中には家庭でもストレスを抱えている場合があるからだと感じます。

ストレス耐性について、パワーハラスメントが問題となっている昨今ですが、私が社会人になりたての頃はまだまだパワハラ横行時代でした。パワハラ容認するわけではありませんが新人で失敗すれば怒られて当たり前ですよね。怒ってくれる先輩ってとっても貴重です。たとえそれが感情的に怒っていてもです。困難を乗り越える精神力はそういった経験を積む事によって鍛えられるので新人さんは文句を言わず先輩の叱咤は愛だと思って受け入れて頑張って欲しいですね。(そもそも最近はパワハラの定義が拡大解釈されている気がしますが)

さて、私は社長を目指していて人間性についてとても考えますが、成功者の共通点は人としての魅力であったり、思想、能力などはもちろんですが、一番は人との関わり方が上手だということです。そうかといって色々な場所に顔を出しているわけでもなく、友達が多いわけでもない。無駄な付き合いをしていない事も共通している事です。ただ、そうなるには様々な経験と足を使った事でしょう。それが経験となり成功したのだと思います。

成功した社長なら付き合う人を選べばいいですが企業に属す労働者であるサラリーマンに選ぶ権利はありません。しかしそれは経験となって蓄積されます。人に愛されるには人を愛さなければならないと思います。愛される人間になって協力者に恵まれ、人は成功へと導かれるのだと思います。今が将来必要となるスキルを鍛えるべき時なので、もっと人を好きになって、人のためになる事を損得なしで行って、積極的に人と関わっていきたい。そう考えます。

ではまた。

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